【銀英伝】自由惑星同盟の末期症状【歴史ネタ】
『銀英伝』の本伝がスタートするのは、宇宙暦796年、帝国暦487年のアスターテ星域会戦の時である。
銀河帝国は5世紀弱、自由惑星同盟は2世紀半あまり、それぞれ建国から経過していた。すでに双方とも国家として末期症状の様相を呈していた。
「宮廷陰謀や地域的叛乱は年中行事と化し、宮廷も政府も無気力と形式に支配され、善意も悪意も、勢いよく沸騰するのではなく、生煮え状態に~」(外伝1巻)
この時代の帝国の様子がこんなふうに描写されている。
ところで、宮廷内でのクーデターや陰謀劇というのは君主制国家では日常茶飯事の出来事だが、地方の反乱が常態化しているというのは、王朝の土台が依然固まっていない開闢初期か、あるいは逆に末期に多い現象である。
本伝では「カストロプ動乱」として、その一例が取り 上げられている。
国家は、必ず衰退し、そして滅亡する。これは歴史が証明している。
かつて地中海全域を支配したローマ帝国を取り上げてみよう。
5賢帝の1人トラヤヌス帝(*1)時代にその版図を最大とした帝国も、3世紀半ばには、軍閥化した各地の軍団が抗争をはじめ、北方や西方ではゲルマン人の侵入が相次ぎ、東方ではペルシアに脅かされるようになった。
この危機をディオクレティアヌス帝が専制的統治で一応は乗り切ったものの、帝国の空中分解は歯止めがかからず、内乱と異民族の侵入によって崩壊がはじまっていく。
末期には帝国は東西に分離されて、かつての都ローマを中心とした西ローマ帝国は、結局、内部崩壊のような形で滅んでしまう。
強大な帝国といえば、中国の諸王朝も同様である。
400年の歴史をもつ漢帝国(*2)も、末期には幼帝が続き、外戚や宦官が国政を壟断して官僚と党派争いをする一方、地方豪族の自立化と農民の反乱とが相次いだ。
そして黄市の乱を契機に群雄割拠の時代へと突入する。
それは300年つづいた大唐帝国(*3)もしかりである。
都の長安は人口百万をこえ、一時期は東アジア文明圏のモデルとなった。
そのような「世界帝国」でさえ、後期には宦官が皇帝の廃立まで操り、地方が軍閥化して中央による統制が利かなくなり、ついには黄巣の乱を契機に滅亡してしまう。
どんな大帝国も、かならず末期には内憂外患状態に陥り、結局は滅ぶ。
これが歴史の教えるところだろう。
むしろ銀河帝国の場合、国家が壊死していく初期段階の内に、ラインハルトという革命者によって王朝が算奪されることにより、見事に息を吹き返した例といえる。
「多くの歴史家の意見が一致するところだが、もしこの時期にラインハルト・フォン・ローエングラムという偉大な個性が登場しなかったとしたら、銀河帝国は有力貴族を核とす るいくつかの小王国に分裂し、民衆蜂起が続発して、再分裂をうながし、収拾のつかない動乱状態に追い込まれていたであろう」(第10巻)
これは中国で統一帝国が滅ぶ時に、常に繰り返されてきた現象でもある。
さて、国家として末期症状にあるのは自由惑星同盟も同じであった。
同盟の方もまた、「その建国の理想はすでに失われ、利権をあさる政治業者と利益誘導にのみ価値を求める大衆の衆愚政治と堕していた」(OVA40話ナレーション)という、 民主国家としては散々たる状態である(と同時に耳の痛い話でもある)。
まず、扇動政治家が現れて戦争を鼓舞しているのは、先の黄旨のギリシアの例でもおなじみである。そして軍事支出(*4)が国力をこえて増大すると、国家の崩壊も近くなる。
帝国領侵攻を議決した最高評議会上で、当時、財務委員長であったジョアン・レベロが「この上戦火が拡大すれば、国家財政とそれを支える経済が破綻するということです」と発言している(OVA12話)。
また同席上、人的資源委員長ホアン・ルイが、「優秀な人材が軍事方面に片寄りすぎているのだ。民間には老人や若年者しかいない。このままでは同盟の社会構造はガタガタになってしまう」と危惧を表明している。
かつての旧ソ連や大日本帝国の例をみるまでもなく、国民に節約と貧乏を強いて軍隊ばかりが肥大化の一途をたどると、国家機構は必ず破綻をきたす。
それは今日の北朝鮮でも同様で、300万人の国民を餓死させる一方で、核兵器や長距離ミサイルを血眼で開発しているような国は、遠からず滅ぶだろう。
軍隊というのは浪費のメリーゴーランドのようなもので、平時においてさえ血税が雲散霧消するシステムなのである。日本の「国防費」は約5兆円もあるが、要は安全保障に関する高額な保険料という形で支出を余儀なくされている。
ちなみに、民主政治の空洞化と戦争賛美の社会風潮、国家主義者の跋扈を同盟において象徴しているのが、「憂国騎士団」なる得体の知れない団体の存在であろう。
この愛国屋団体は、OVA版においては「プロテクター・スタイル」をしているが、原作小説では「その全員が白い頭巾を頭からかぶり、両眼だけを出している」(第1巻) などと描写されている。
なんと「クラン・スタイル」なのだ。
クー・クラックス・クラン(*5)。
南北戦争後に旧南軍将校らによって作られた組織で、現在では過激な反黒人、反ユダヤ、反有色人種、反共を標傍する白人至上主義団体として知られている。
アメリカ南部ではほんの数十年前まで彼らによる黒人へのリンチは日常茶飯事だった。彼らのスローガンは「白人のアメリカ」などという、ネイティブ虐殺とアフリカ人奴隷化という罪悪を忘れたかのような手前勝手なもので、宗教右派的な性質もある。
現在の組織の直接のルーツは、1915年にジョージア州で認可・創立されたもので、その名も「KKK騎士団」という。
だが、「私兵」と化して反対派に情け容赦なく暴力をふるう憂国騎士団の活動は、どちらかというとクランよりもムッソリーニの黒シャツ隊(*6)やヒトラーの突撃隊(*7)に近い。
また、国家至上主義のメンタリティーをもち、政治団体ではあるが政治の世界に進出していない点では、戦後日本の右翼団体やネオナチに近いかもしれない。
(*1)在98~117年。帝政ローマ五賢帝の1人。ゲルマニア総督出身でネルヴァ帝の養子となり、没後に後継者となる。軍人出身。
(*2)秦末の混乱を治めて農民出身の劉邦が建国。前漢(前202~後8年)と後漢(25~220年)に分かれる。途中は王莽の新(8~23年)に纂奪された。
(*3)隋末の混乱を武将の李淵が治めて建国。618~907年。
(*4) 『銀英伝』では、同盟の軍事支出がGNPの30%となっているが(OVA35話・原作第三巻)これは「国家予算」の間違いではないかと思われる。
(*5) この組織を描いた映画として、近年『チェンバー』が米で話題を呼んだ。もっとも最近ではミリシア(市民軍)という宗教右派的な団体の方が勢力を伸ばしている。
(*6) イタリア・ファシスタ党の私兵・行動隊。1922年、彼はこれを率いてローマに進軍し、国王から政権を取りつけた。
(*7) ナチスの党兵。隊長はエルンスト・レームだが、政権奪取後、国防軍との対立が先鋭化したため、ヒトラーらによって殺害された。
「銀英伝」には歴史が満ちている――気ままに歴史ネタ探求
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