【銀英伝】大義を掲げての無謀な帝国領侵攻【前編 歴史ネタ】
イゼルローン要塞を陥落させたヤンは、同盟政府が銀河帝国と講和し、つかの間の平和が宇宙に訪れることを望んでいた。
だが、彼の願いとは裏腹に、事態は最悪の方向へと進んでいく。
「イゼルローン要塞の無血占領という甘美な麻薬は、自由惑星同盟の国民の心をむしばみ、いつしか人々は貧欲に勝利を求めるようになった」(OVA12話)。
かくして、宇宙暦796年、帝国暦487年の8月、自由惑星同盟「最高評議会」の政治家たちは銀河帝国への遠征を決意する。
来年早々の選挙で劣勢に立たされることを危惧した評議会委員たちが、軍事的勝利による支持率上昇を目論み、多数決で軍部からの提案を議決した結果だった。
帝国領侵攻に参加する兵力は8個艦隊。
艦艇20万隻。総動員数約3千万人という史上空前の大部隊。
総司令部をイゼルローン要塞内に設置し、同盟開闢以来の大軍事作戦が決行された。
だが、これを迎え撃つラインハルト・フォン・ローエングラムは、イゼルローンに近接する各星系から食糧・物資をすべて引き上げさせる。
ラインハルトの狙いは、解放軍を自称する同盟の物資を民衆に吸い取らせて、同盟軍に補給上の過大な負担をかけさせることになった。
その上で、同盟の輸送艦隊を急襲して全滅させ、補給戦を断った。
これにより物質の「現地調達」を強いられた同盟軍は、一転、略奪まがいの行為に走り、帝国民衆の敵意をかった上、飢え始めた。
これを機にラインハルト指揮下の帝国軍は総反撃に転じる。
占領地を放棄した同盟軍は、ヤンの活躍で撤退こそかなったものの、結局、将兵2千万人を失う大惨敗を喫してしまう・・・。
以上が「帝国領侵攻」の概要である。
まず、同盟軍は「大義名分」を掲げて出兵した。これは次のセリフにも見て取れる。
「私たちには崇高な義務があります。銀河帝国を打ち倒し、その圧政の脅威から人類を救う義務が」(OVA12話 コーネリア・ウインザー)
「そもそもこの遠征は、専制政治の圧政に苦しむ銀河帝国250億の民衆を解放し救済する崇高な大義を実現するためのものです」(同話フォーク准将)
ところが現実には、出兵案を推進した政治家・軍人双方とも、自己利益を目的とした打算を旨としていた。
歴史を紐解くと、「十字軍遠征」という似たような(?)愚行がある。
時の教皇ウルバヌス2世(*1)は、公会議に参集した諸侯や騎士たちに対して、次のような趣旨の演説を行い、「聖戦」を煽ったと伝えられる。
「異教徒が聖地を占領している。そこではキリスト教徒たちが迫害されて苦しんでいる。 彼らはわれわれに救いを求めている。皆の者、この神のための正義の戦いに参加せよ」
だが、教皇にとって、本当は皇帝権(*2)や東方教会(*3)に対する優位を確立するのが狙いであったという。
つまり、戦争の扇動には、政治的な野心が背景にあったのだ。
しかし、この大義名分に陶酔し、熱狂した西欧諸国の諸侯・騎士たちによって遠征軍が組織される。第1回目派兵(1096年~)は「約10万」という、当時の西欧としては史上空前の規模の出兵が行われた。
だが、「聖戦」どころか、実際には侵略以外の何者でもなかった。
この合計8回にわたって行われ十学軍遠征には、フランス・イタリア諸都市・イングランド・神聖ローマ帝国など、主だった西欧の諸国すべてが参加した。
だが、一時的には占領地をえたものの、結局はイスラム側(*4)の猛反撃にあい、撤退を余儀なくされている。
ちなみに、この十字軍遠征という史上最大規模の愚行で、もっとも利益をせしめたのはベネチアなどのイタリア諸都市だったといわれる。
(*1)在1088~99年。セルジューク朝に圧迫されていたビザンチン帝国の皇帝アレクシオス1世が救援を求めたため、1095年、クレルモン公会議を開催。聖地奪回を提唱した。
(*2)当時の教皇は、聖職者の任命権を教会と世俗君主で争った「叙任権闘争」の最中にあった。とくに神聖ローマ帝国皇帝と対立し、1122年のヴォルムス協約締結まで、皇帝が教皇に廃位を迫ったり、教皇が皇帝を破門したり、追放劇や対立候補の擁立などの権力闘争を繰り返した。
(*3) ローマ・カトリックと同格の存在にあり、信仰の面でも相違を生じていたビザンチンのコンスタンティノープル教会のこと。
(*4) エジプトのファーティマ朝の宰相であったサラディンは、王朝を算奪してアイユーブ朝(1169~1250)を開くと、反十字軍の統一勢力をつくり、エルサレムを奪回した。その後、アイユーブ朝に代わったマムルーク朝によってパレスチナの十字軍国家はすべて滅ぼされた。
「銀英伝」には歴史が満ちている――気ままに歴史ネタ探求
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