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【銀英伝】ヤン VS 救国軍事会議【自由惑星同盟内戦の歴史ネタ 後編】

歴史ネタ編

One scene in a ‘The Yang Fleet Goes Out’

また、日本でも、同じ1936年に陸軍の青年将校らによるクーデター(*4)が発生し、首相官邸や警視庁などが襲撃されたが、誰の支持もえられずに失敗に終わっている。

そもそも、クーデターによる政権というのは、世界的にみて珍しくない。

たとえば韓国では、61年に朴正熙少将(*5)のクーデターによって政権が誕生している。またアルゼンチンでは55年にクーデターによる軍政が、またチリでは73年にはピノチェト(*6)のクーデターによって反共軍事政権が誕生している。

その他、ウルグアイ、エクアドル、エルサルバドル、グアテマラ、ハイチ、パナマ、パラグアイ、ブラジル、ボリビア、ペルーなど、なぜか中南米諸国では異常なほどクーデターが頻発し、政情が混乱している。

ただ、クーデターがすべて悪いかというと、一概にそうでもない。

たとえば、32年にタイで起こった人民党(改革派の軍人・官僚グループ)による無血クーデターは、むしろ進歩的な革命であった。国王の専制体制を打倒して、三権分立や議会、憲法や普通選挙などを整備した立憲君主制を樹立したのだ。

また、アラブの大英雄として名高いナセル(*7)の例もある。

ナセルらの将校グループは、52年、腐敗した国王ファルークを追放して共和制をしいた(エジプト革命)。

さらに74年のポルトガルでのクーデターもしかりである。

スピノラ将軍(*8)らが無血クーデターに成功。時代遅れの植民地主義を掲げる独裁政権を倒し、開明的な「救国軍事政権」を樹立。言論の自由を保障し、総選挙を行って共和制を復活させ、アフリカの植民地の独立を許したのだ。

これなどは、むしろ見識ある軍人たちが、国民の利益を真に代弁する形でクーデターを行った希有な例であるといえるだろう。

(*4) 2・26事件。天皇を中心にした昭和維新を目指した「皇道派」青年将校ら約1400名が帝都の中枢を占領し、蔵相の高橋是清などを殺害した。首謀者は逮捕され処刑された。

(*5) 1917~79年。61年にクーデター。63年に大統領に就任する。人権弾圧などの批判はあったものの、韓国の高度経済成長を実現した。部下のKCIA(韓国中央情報部)部長に暗殺される。

(*6) 1915年~。生粹の職業軍人でクーデターを敢行した時は陸軍総司令官だった。当初は国民の支持もえられたが、88年の信任投票で支持をえられず、退陣を余儀なくされた。98年10月、病気治療のためロンドン滞在中に、軍政時代の人権侵害を理由に英警察に逮捕され、現在、国際問題に。

(*7) 1918~70年。大統領となったナセルは、イギリスのものであったスエズ運河を国有化し、これを理由に開戦した英仏イスラエル連合と戦い抜いた(第2次中東戦争)。一躍アラブの英雄となるが、67年の第3次中東戦争ではイスラエルにたった6日間で破れ、その権威は失墜した。

(*8) 1910~96年。半世紀に渡ったカエタノの独裁体制を終焉 させた。クーデター成功後、救国軍事評議会議長、ついで臨時大統領に就任するが、新政権の左派にその座を追われて辞任した。

「銀英伝」には歴史が満ちている――気ままに歴史ネタ探求

歴史ネタ編目次 http://anime-gineiden.com/page-890

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