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【銀英伝】ジェシカの死――スタジアムの虐殺【歴史ネタ】

歴史ネタ編

さて、この内戦の最中、「ヴェスターラントの虐殺」ほどではないにしても、自由惑星同盟でもひとつの悲劇が生じている。

宇宙暦797年、ハイネセンスタジアムで救国軍事会議に反対する市民集会が開かれた。主催者は代議員ジェシカ・エドワーズ

だが、クーデター側の軍隊至上主義者であるクリスチアン大佐が、「秩序を回復するため」にそこに乗り込み、結果的に市民と軍隊との衝突に発展してしまう。

市民側の死者は、エドワーズ女史をはじめ2万人余。

「スタジアムの虐殺」だ。同盟建国以来の大惨事である。

以上のような、軍隊が非武装の市民を弾圧するという事態は、歴史においてしばしば繰り返されている。

たとえば、1905年にペテルブルク(*1)で起こった「血の日曜日事件」

この時、ツァーリの軍隊が10万人の労働者デモ隊に発砲し、千人以上の犠牲者を出している。

そして犠牲者の多さでいえば台湾の「2・28事件」が挙げられる。第2次大戦後に再発した国共内戦で大陸を追われた蒋介石の国民党は、台湾に逃れてきた。

これは本省人たちから「犬去って豚が来る」(*2)と呼ばれる事態となる。

1947年2月、国民党の官吏に怒った群衆が暴徒化したため、国民党軍はこれを徹底的に弾圧した。犠牲者の数は5千人とも1万人以上ともいわれている。

また、お隣の韓国でも80年に「光州事件」が起こっている。79年に朴チョンヒ大統領が側近に暗殺されると、政治的混乱が生じ、学生運動が盛り上がった。だが、軍部は戒厳令をしいて民主化運動を弾圧し、光州市でデモをした学生・市民を多数殺傷した。

この事件の犠牲者数は今なお諸説あるようで、数百人程度という人もいれば、2千人以上と報じた新聞もある。

ただし、公正を期すなら、この時の「学生」の中に、機関銃や手榴弾などの武器を隠し持っていたグループがいたのは事実だ。

これは北朝鮮の工作が反体制運動に関与していた証拠と思われる。

最近の例でいえば、中国の「天安門事件」が有名だろう。

1989年、北京の天安門広場で民主化要求のデモを行っていた学生・市民に対し、人民解放軍が発砲した。個人的なことをいえば、当時、私もテレビに釘付けになり、思わず「革命になるのでは?」と感じたものだ。中国の対応は国際的に批判を浴びた。

ヤンも言うように、軍隊と民衆が対立した場合、軍隊は本質的に権力者が民衆を従えるための「暴力機関」として機能する例が少なくないようだ。

(*1) 18世紀前半、ピョートル大帝によって建設される。1914年にはロシア風にペトログラード、24年のレーニン死去後はレニングラードと改称された。ソ連崩壊後の現在は、サンクト・ペテルブルグと三度、改称。冬宮やエルミタージュ美術館などがある。

(*2) 「犬」はもちろん日本統治者のことで、一応、厳しいが規律は遵守したとの評価。「豚」は 蒋介石が率いて戦後台湾の新たな支配者となった2百万の国民党軍のこと。

「銀英伝」には歴史が満ちている――気ままに歴史ネタ探求

歴史ネタ編目次 http://anime-gineiden.com/page-890

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