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【銀英伝】ラグナロック作戦――史上最大の征服事業【歴史ネタ】

歴史ネタ編

帝国の全権を握ったラインハルトは言う。

「私がここで覇道を引いたら、誰が宇宙に統一と秩序を回復する? 血統と家紋を誇るし か能のない大貴族の遊蕩児や、詭弁と利益誘導によって愚民を動かすだけの扇動政治家に 人類の未来をゆだねるのか」(OVA41話)

かくして、ラインハルトは同盟領への侵攻を決意した。

まずロイエンタールにイゼルローン要塞を攻撃させる。

そして彼の「苦戦」に対し、帝国諸将がイゼルローンに増援に向かう、という表向きの宣伝をして、実は大軍をフェザーン回廊に向かわせたのであった。

こうして帝国軍は電撃的にフェザーンを占領。

年が開けて宇宙暦799年、帝国暦490年、そこを後方基地として、数世紀にわたる人類社会の分裂抗争に終止符をうつべく、ラインハルト自ら同盟領への侵攻を開始した。

この時期のラインハルトは、まだ帝国宰相という地位である。

皇帝は生後8カ月の女帝カザリン・ケートへン。

したがって、「親征」という言葉をここで使うことは妥当ではないが、史上最大の征服事業という点で、歴史に似た例を探してみよう。

まずはアレクサンドロス大王の事例。

ギリシアのマケドニアから小アジア半島に侵攻し、エジプトを占領。そこからひたすら東征して王都ペルセポリスを焼き払い、アケメネス朝ペルシアを滅ぼした(前330年)。

大王は、ギリシア連合軍をいったん解散させた後、さらにペルシア兵士をも取り込んで遠征を続け、インダス川流域のインドと戦い、古代世界史上、空前の大帝国を建設した。

ただ、この大帝国も大王の死と共に空中分解してしまう。

また、古代ローマ帝国の名君の1人であるトラヤヌス帝も征服王として名高い。

元々、将軍出身であるだけに、膨大な建設事業を行う一方、陣頭に立って、メソポタミア、ペルシア、シリア、ダキアなどの東方を次々と征服していき、ローマ帝国の領土を史上最大にまで仕立て上げた。

彼の業績はローマ市内に立つ巨大な記念柱に今も刻まれている。

そして忘れてならないのが、人類史上、(厳密には一個大陸の中で)最大の版図を誇ったモンゴル帝国の創始者チンギス・ハン(*1)である。

1206年、モンゴルの高原地帯を征覇したテムジンは、クリルタイ(族長会議)でチンギス・ハンの称号をえた。そして、黄河流域の西夏、中央アジアの西遼、カスピ海沿岸のホラムズなどを次々と征服していった。

その領土は、瞬く間に東は朝鮮半島から西は黒海沿岸、南はインド北限にまで達し、史上初の世界帝国が実現した。

彼の生涯は、まさに戦いの連続であり、その死後も息子たちが征服事業を引き継いで、中国からロシア・東欧までをその版図(*2)におさめた。

ラインハルトに限らず、覇者に「征服事業」は付き物なのだ。

(*1) 1167頃(在1206) ~1227年。モンゴル高原のボルジキン氏族の出身。高原の諸部族を統一し、諸国の征服に乗り出す。その背後には、隊商による財政と情報提供の面からの支持があったという。

(*2) 第5代フビライは大都(北京)に遷都して元朝を創始し、1279年に南宋を滅ぼして全中国を統一。チンギス・ハンの孫バトゥは、1243年、ロシアの地にキプチャク・ハン国を建国した。

「銀英伝」には歴史が満ちている――気ままに歴史ネタ探求

歴史ネタ編目次 http://anime-gineiden.com/page-890

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