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オーベルシュタインの内面世界を探る

帝国キャラ編

「お分かりですか。私は憎んでいるのです。ルドルフ大帝と彼の子孫と彼の生み出したすべてのものを」(OVA8話)

オーベルシュタインが自身の感情らしきものを言語化したのは、これが最初で最後である。怒る、泣く、笑う、といった表情の変化はついぞ見られなかった。

だが、少なくとも彼がどのような人間であり、また何を目的として行動していたかは、理解できる。

キーワードは「公」である。

私的感情を完全に排し、ひたすら精密機械のように帝国の公益の充足をはかる。そして彼の考えでは、覇者たるラインハルトもかくあらねばならず、 私情を殺し、啓蒙専制君主として徳治を行うことを当然とする。

その彼の思想が端的に表れているのが、次の発言ではないだろうか。

「帝国はカイザーの私物ではなく、帝国軍はカイザーの私兵ではない。カイザーが個人的な誇りのために将兵を無為に死なせてよいという法がどこにある? それではゴールデンバウム王朝の時代と何ら変わらぬではないか」(0VA103話)(*)

しかし、その正論ゆえに彼は他者からの憎悪をかってしまう。

実際、他の諸将からこれほど嫌われている人物もいない。彼の陰口(とあえて言う)を言った提督となると、ロイエンタール、ミッターマイヤーをはじめ、ルッッ、ビッテンフェルトなどが挙げられる。

だが、極論すれば、オーベルシュタイン以外の諸将は、ラインハルトにとってしょせんは「イエスマン」でしかないのではないか。

彼の怒りの矛先が向けられることを承知で、あえて苦言を呈することができる人物といえば、オーベルシュタィン以外には、急逝したキルヒアイスとヒルダがいるだけだ。

オーベルシュタィンは、「ナンバー2不要論」や「覇者・君主はかくあるべき」などに見られるように、自身の思想に裏付けされた独自の意見を持っており、ラインハルトの反感や忌避をかってでもそれを主張する。

あくまで「仮に」だが、ラインハルトが暴君化した時、他の帝国諸将は面と向か って異議を申し立てることができるだろうか?

ラインハルトすらも冷酷に見限って排除することができるのは、オーベルシュタイン以外にはいないのではないだろうか。

「閣下、私はあなたをまだ見放してはおりません」(OVA26話)などというセリフが吐けるのは、彼くらいのものだろう。

本来、ある集団が危機管理をこなし、柔軟に方向転換をして組織力を維持するためには、多様な人材が不可欠である。

帝国軍の諸将たちは、例外なく品行方正で、勇敢で、いわば「立派な人物」である。だが、それゆえ、ある種の同質集団といってもいいくらいの類似性がある。

それゆえ、周囲とは異なった思考をし、集団に対して異なった見解・結論を提示できる人物、すなわちオーベルシュタインがいることは、元来喜ぶべきことなのである。

だいたい、「ひたすら公人に徹する」などということは、社会に対して強烈な義務感を抱いていなければできない相談である。

彼はたしかにラインハルトに忠誠を抱いてはいるが、それは彼個人の人格に向けられているというよりも、むしろ彼によって体現され、象徴されている帝国全体の公益に向けられていると見るべきだろう。

つまり、ラインハルトという個人に、公益を投影させているのだ。

(*)「回廊の戦い」、つまりイゼルローンのヤン一党を討つべく行われたカイザーの親征であり、数百万の将兵が戦死したことを指して いる。この戦いに戦略的必然性はなかったと言われている。

ラインハルトと帝国軍の諸将たち――名提督列伝

帝国キャラ編目次 http://anime-gineiden.com/page-63

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