思想的巨人としてのヤン・ウェンリー「国家について」
いずれにせよ、全宇宙が専制政治による単一政体に統合されてしまうのを防ぎ、後世に民主共和制の種子を残す構想を実現する詰めの段階で、ヤンは非運な死を強制され、その遺志はユリアンたちに託された。
いったい、このような歴史的な業績を残したヤン・ウェンリーとは、いかなる人物だったのか。彼の内面性を知る上で、もっとも参考になるのが彼のものの考え方、すなわち「思想」だろう。その軌跡をたどることにより、彼という人間をより深く理解することができるといえる。以下、幾つかのキーワードごとに彼の思想の要諦を探っていこう。
まずは「国家」についてだ。
ヤンは救国軍事会議側との会戦に先だって、将兵に対して次のような訓示をしている。
「無理をせず気楽にやってくれ。かかっているのは、たかだが国家の存亡だ。個人の自由と権利に比べれば、大した価値のあるものじゃない」(OVA21話)
そして後日、査問会でこの発言が問題になった際、彼は次のように補完した。
「国家の構成員として個人が存在するのではなく、主体的な意志をもった個人が集まって できる社会のひとつの方便として国家がある以上、どちらが主でどちらが従であるか、民 主社会にとっては自明の理でしょう」(OVA31話)
このような考えは、アメリカ独立宣言やフランス人権宣言の根幹の一つとなったイギリスの哲学者ジョン・ロックJohn Locke(*)の政治思想に近い。
ヤンは「国家至上主義の思考法にはげしい嫌悪と反発を覚える」(第5巻)という。国家に対する信仰を「人類の文明が生んだ最悪の病」(第4巻)とまで考えている。
これこそ歴史に造形が深いヤンならではの思想ではないだろうか。
人類の歴史上、国家が不滅であったためしはない。
古来、国家は栄枯盛衰、発生と滅亡を繰り返した。だから、ゴールデンバウム王朝銀河帝国や自由惑星同盟も例外ではありえない。したがって、そのような存在に過ぎない国家を絶対視し、個人の犠牲を容認するがごとき思考を、ヤンはことのほか嫌う。
ヤンにとって、国家とは「単なる道具」であり「便宜上の手段」に過ぎないのだ。
だからこそヤンは、国家の枠を越えて、敵対国の民衆のことにまで思いを馳せることができた。そして、ラインハルトを倒せば彼らが再び犠牲になることを憂い、そうまでして同盟の存立をはからねばならないのか、終始、疑問にさえ思った。
ここに、後世の歴史の検証にも耐えうる、ヤンの思想の普遍性の一端を垣間見ることができる。
(*)1632年~1704年。専制政治に反対し、三権分立・信教の自由などを訴え、『市民政府二論(統治二論)』(1690年)を記した。まず個人の生まれ持った権利があって、それを守るために政府があるとする思想は、近代民主主義の源流の一つとなった。政府が個人の権利を侵害した際の抵抗権を是認した。
ヤン・ウェンリーと同盟軍の仲間たち――イレギュラーズ伝説
同盟キャラ編目次 http://anime-gineiden.com/page-366
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