陰謀家アドリアン・ルビンスキーの隠された一面
「ルビンスキーは正統的な美男子などではなく、むしろ異相の所有者であったが、女性に 対しては磁力めいた吸引力を発揮し、後世の伝記作家が確認に苦労するほどの戦果をえていたのである」(第4巻)
彼は、レムシャイド伯から「幾人愛人をお持ちか?」ときかれて、「さあて、ダース単位でないと数えられませんな」(OVA12話)
実にうらやましい話であるが、 とりあえず物語では、情婦としてドミニク・サン・ピエールが登場するだけである。
このドミニクという女性が、また謎めいた性格の持ち主だ。ルビンスキーとドミニクは奇妙なカップルだ。彼女は、元はダンサー・歌手だったというが、ルゼンスキーからは精神的に自立した立場にいて、彼を冷静に観察しているところがある。
ルビンスキーもまた、多岐にわたる女性遍歴をもちながら、なぜかこのドミニクのことをとくに気に入っている様子である。両者の間には不思議な精神的結びつきが見られる。
ところでルビンスキーは、このドミニクに対し、一度だけ「ひとつ私の子供を産んでみないか?」などと語っている(OVA76話)。だが、ドミニクのほうは憤然となり、「あなたに殺させるために? ごめんこうむるわ」と答え、その場を立ち去ってしまう。
その直後にルビンスキーが独語した言葉がたいへん興味深い。
「そうではない、ドミニク。私を殺させるためにさ」
この言葉は何を意味しているのだろうか?
まず、彼が血の繋がった後継者を欲していたことは間違いない。どんな大富豪であれ、野心家であれ、結局は老いて死ぬ。だからこそ、その前に、信頼できる二世に自分が築き上げた帝国を譲りたいと切望するものである。
ルビンスキーは、かつてケッセルリンクに対して次のように語ったことがある。
「フェザーンの元首の地位は世襲ではない。私の後継者となるには、血ではなく、実力と人望が必要だ。時間をかけて、それを養うことだな」(OVA35話)
彼の母親の命日の前日に語った言葉である。
ルビンスキーはケッセルリンクを危険視し、それゆえあえて監視の目の届きやすい補佐官職に任命したそうだが、その単純な合理的理由以上の感情もあったように思われる。
ルビンスキーは死ぬ間際のケッセルリンクに対して、「もう少し覇気と欲が少なかったら、いずれ私の地位や権力を譲られんこともなかっただろうが」(OVA44話)と言った。
これはルビンスキーの本心であろう。どうも、彼は将来、自分が息子によって倒されることまで望んでいたフシがある。「私を殺させる」とは、ダイレクトにそういう意味ではないとか思う。そして、この言葉は、彼の単純ならざる心境を表している。
これは推測だが、彼の心の奥底には、いつか自分の歯止めなき欲望に終止符を打ちたいというような気持ちが、どこかにあったのではないだろうか。
ルビンスキーは己を客観視できる高知能の持ち主であり、当然、自分の思考と行動、そしてその結果のもつ意味をすべて理解している。
ルビンスキーは、巨大な悪徳に支配されながらも、なお砂粒ほどに残る良心の片鱗が、心の奥底で微かな抵抗を続けていたのではないだろうか。 そして、自らを野心と欲望の煉獄から解放することを望んでいたのではないだろうか。
ルビンスキーの「私を殺させる」という言葉の裏に、ふとそんな隠された面の存在を感じてしまうのである。もっとも、穿ちすぎかもしれないが。
陰謀と詐術と悪徳の世界――負と暗黒の人間像
その他キャラ編目次 http://anime-gineiden.com/page-369
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