地球教にみる狂信の危険性とは?【銀英伝】
善悪がなるべく相対化されている「銀英伝」の中で、もっとも否定的に描かれているのが「地球教」ではないだろうか。この教団は、まるで人間の負のエネルギーが結晶化して出来上がったかのような存在である。
『銀英伝』ワールドにおける地球は、元は全宇宙を特権的に支配していた星であった(*1)。
「資源の枯渇した地球は、すでに第一次産業を放棄し、資本と金融のみによって植民星の産業を支配し、利益と資源を独占に吸い上げていた」(OVA56話)
だが、反地球統一戦線の黒旗軍との戦争に敗北し、西暦2704年、地球全土が焦土と化した。「この時の攻撃は、地球の地形までだいぶ変えてしまったほどで、総人口も10億人くらいまで減ってしまったらしい」(同話ポプラン談)という。
また、そこからさらに生存や信仰をめぐっての争いがあり、最終的に1千万ほどに減少してしまったそうだ。
後には、過去の特権を懐かしみ、いつしかその回復を正当な権利であると思い込むようになった人々が取り残された。彼らは、宇宙暦を採用して地球の束縛から脱した他の人類を憎悪し、800年間にわたって特権回復の怨念をたぎらせてきた。
物語では「地球教」なるものが発生した具体的な過程や年代は描かれていない。
だが、その異様な執念が、ついには地球という星そのものを神聖視する形にまで結実していき、時とともにひとつの信仰に発展していったと考えられる。
宗教というのは、まず絶対的な価値基準を核とする。それによって教義を形作ることが可能となる。逆にいえば、地球という星を聖地・御神体という「絶対の存在」と見なすようになれば、それは容易に宗教に転化しうる。
おそらく、この辺りが地球教発生のメカニズムではないだろうか。
また、「布教」の方もあまり難しくはないように思われる。
人間というのは、人生の不条理に対して明快な答えを欲している。とくに貧しさに打ちのめされている人や病んでいる人、自分が社会から不当な扱いをうけていると思っている人などは、何か心理的な支えとなるものを常に探し求めている。また、自分が不幸である原因を知りたいという欲求をもっている。
こういう人たちに、「なぜあなたはそんなにも不幸なのか? なぜ人類は互いに争ってばかりいるのか?」と問いかけ、疑問を喚起する。
それから次に、「その理由は地球という魂の故郷を見捨てたからだ」と、“答え”を提示してやればいい。
この点、地球教という宗教は本当に便利で、世の中の不条理や悪の原因をすべて「地球を見捨てた原罪」に単純化して説法することができる。
地球にはどうしても「人類発祥の惑星」という特別な事実がついて回るから、地球の神聖視を当然とする教義の組み立ては、そう難しい作業ではないだろう。
そして教義が完成したら、後は人の精神面を支配すべく布教に乗り出せばいい。
だが、このような宗教が権力を握ることの恐ろしさは計り知れないといえる。
「それは人間の外面のみならず内面をも支配する、最悪の全体主義となるだろう。価値観の多様さとか、好みの個人差とかは排され、唯一絶対の存在を受けいれることだけが、人間に許される知的活動になるだろう。そして事実は、神の代理人と称する人物が、無制限の権力をふるって、『神を信じぬ者』たちを殺してまわるだろう」(第6巻)
これはちょうどキリスト教が支配していた中世ヨーロッパに似ている。聖書の教えに反することを主張すれば、聖職者によって異端として裁判にかけられ、処刑されることもしばしばだった。また、「魔女狩り」や宗教戦争など、信仰をめぐる流血も絶えなかった。
地球教は、このような中世の状態に人類を再び連れ戻そうとしているのである。
これはルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが専制政治を復活させたこと以上に、悪質な反動といっていいだろう。
しかも、地球教の場合は、普遍的な道徳などとは関係がない「カルト教団」(*2)であり、その危険度は既成宗教の比ではない。
たとえば、キュンメル男爵事件を機に、帝国軍がオーディンの地球教団支部を急襲した時やヒマラヤの地球教本部を制圧した時、信徒たちは自殺的な抵抗を行い、次々と殉教し、最後には本部ごと爆破して自らを土中に埋めている。
このような行為で思い出されるのは、「人民寺院事件」(*3)であり、「ブランチ・デビディアン事件」(*4)である。また、信者を奴隷化するために「サイオキシン麻薬」まで使用しているのは、オウム真理教が信者に薬物を投与して洗脳を実施していた事実をも思い起こさせる(さらに麻薬を市場に流して資金源にすることもできる)。
このような教団が宇宙的規模で支配権を獲得してしまった場合、その悲劇は想像を絶するものがあるといえよう。
(*1)この辺りの設定は、アイザック・アシモフの『銀河帝国の興亡』シリーズと似た部分がある。
(*2)『銀英伝』に描かれた「地球教」は、考えてみればカルト教団に対する作者の先見の明なのかもしれない。
(*3)1978年、南米ガイアナの密林に築かれた村で、教祖ジム・ジョーンズ率いる「人民寺院」の信者約900人が集団自殺をとげた事件。
(*4)1993年、教祖デビッド・コレシュ率いるブランチ・デビディアンが、FBIとの銃撃戦の末、籠城した家屋に自ら火を放ち、72人が自殺した事件。
陰謀と詐術と悪徳の世界――負と暗黒の人間像
その他キャラ編目次 http://anime-gineiden.com/page-369
最近のコメント