ド・ヴィリエの死に様にみる「結末」の意味
ここで地球教によって仕組まれた陰謀の数々を列挙してみよう。
- 「キュンメル事件」。ヒルダの従弟であるキュンメル男爵がカイザー・ラインハルトを自分の邸宅に招待し、中庭で暗殺を謀った。(*1)
- 「ヤン暗殺」。カイザー・ラインハルトとの会見に向かう途中のヤンを謀殺した。(*2)
- 「ウルヴァシー事件」。ロイエンタールを反逆に追い込むために仕組まれた事件。ロイエンタールに招請されたカイザー・ラインハルトが、旧同盟領の惑星ウルヴァシーに設置された帝国軍基地に立ち寄った際、当地の兵士たちを扇動して襲撃した。(*3)
- 「ラグプール刑務所の暴動」。オーベルシュタインによって拘束された旧同盟の要人5千名以上が収監された刑務所にて、暴動を扇動した。(*4)
- 「柊館炎上事件」。皇后ヒルダと皇太后アンネローゼの暗殺を謀った。
- 「カイザー・ラインハルト暗殺未遂」。ヴェルゼーデ仮皇宮で最後のテロ攻撃を行った。
以上のようなものが挙げられる。まさに陰謀とテロ三昧である。
さて、このような狂気の教団の指導者であったのが総大主教である。
だが、「3年と待たずして地球を見捨てた者どもに罰が下るだろう」(OVA16話)などと我田引水な信仰の色眼鏡がかかった言葉を吐き、かつ帝国軍に侵攻された時に本部もろとも自爆していることから、どうやら彼に関しては本物の狂信者であったらしい。
おそらく実際に様々な陰謀劇を立案し、実行指揮していたのは、教団総書記代理の肩書をもつド・ヴィリエ大主教だろう。(*5)
このド・ヴイリエという男が、またユニークである。
彼は明かに「有能な」部類に属する人間だが、しかし生まれた場所が地球という特殊な環境だったため、栄達をはかるために は地球教団に入信せざるをえなかった。
「ド・ヴイリエと、地球教の信仰原理との間には、何ら友好的な関係は存在しなかった。ド・ヴイリエは世俗的な野心と陰謀立案能力の所有者であって、自己の暗い能力に対する過度の信頼感を除けば、狂信者としての資質は存在しない」(第10巻)。
彼が狂信者、すなわち異常者の類いであれば、その行動に対する責任能力について割り引いて考えることもできる。しかし、この男は「愚かな狂信者どもが」(OVA58話)などと酒をあおりながら他の信徒を侮蔑するような人間である。
要するに、ルビンスキーなどと同じ極端なエゴイストであり、良心が欠如しているというだけの「ただの人間」なのだ。そして、それゆえに卑劣なテロ行為の数々の責めを、ド・ヴィリエはすべて引き受けなくてはならないだろう。
ド・ヴイリエのやろうとしていたことは、たしかに地球教の目的でもある「祭政一致の神権政治による人類支配体制の樹立」である。
しかし、総大主教以下の信徒たちが、それを信仰上の絶対正義であると信じこんでいたのに対し、彼の場合はあくまで自分が宇宙的規模で権力を握るための手段としてしか考えていなかった。つまり、己の欲望によって専制的支配者たらんとしたのであり、これはラインハルトと完全に対極をなす立場である。
ゆえに、この人物が、仮皇宮での最後のテロ攻撃で、カイザー・ラインハルトの崩御と時を同じくして、惨めに死に絶えたという点に、何か象徴的な意味を感じる。
復讐者と化したユリアンによってド・ヴイリエが射殺されたと同時に、ラインハルトの築き上げた新帝国の最悪の病巣が取り除かれた。
同じ専制者を志しながらも、正しい動機と高潔な精神に裏打ちされたラインハルトは、大勢の臣下と彼を愛する親近者に見守られながら安らかに息絶え、そして暗い欲望に満ち卑劣な策略を弄したド・ヴィリエは、その報いをうけて惨めに朽ち果てた格好である。
単純な「善と悪」という対比は、この作品において極力回避されている要素だが、しかし物語の結末を見ると、やはり「結局悪は栄えない」という簡潔な答えを見いだすことができる。
(*1)ただし、男爵自身に本当に暗殺を実行する意志があったのかどうかについては不明。
(*2)ラインハルトを暴君に仕立て上げた時に、それに対抗する理念が民主共和制の精神であってはならないため、その体現者たるヤンの抹殺を謀ったのだという。
(*3)カイザーの臣下に対する猜疑と粛正をまねき、それがまた臣下の反逆を誘うという悪循環を招来して、ラインハルトを暴君となすために実行された。
(*4)ただし、この件に関して物的証拠はなく、あくまで情況証拠である。
(*5)ちなみに「ヤン・ウェンリー暗殺に成功した後、彼の権威と権勢は、大主教たちの首位を占めるようになっていた」(第9巻) という記述があることから、複数の大主教が本部壊滅後もいたと思われる。
陰謀と詐術と悪徳の世界――負と暗黒の人間像
その他キャラ編目次 http://anime-gineiden.com/page-369
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