トリューニヒト、その恐るべき軌跡(前半)
華麗なる誰弁家。巧言令色の徒。ネクタイをしめた衆愚政治。エゴイズムの怪物・・・と様々に評される政治家トリューニヒトだが、彼がある種の「特殊能力」をもつ人間であることだけは誰も否定できない。
たとえば、権力と利権のありかをかぎ分ける独特な嗅覚、身に降りかかる危険を素早く察知して回避する超人的な触覚・・このような能力を彼は備えている。
それはトリューニヒトの軌跡をたどってみても分かるだろう。
ヤンが最初に彼と遭遇した(*1)のは、アルフレッド・ローザス氏(*2)の葬儀の時だった。なんと彼はこの時、30代にしてすでに国防委員長だったのだ。
異常な出世の早さではないだろうか。
そして以後、見事な(?)扇動政治家としての手腕を発揮し、巧みな弁舌と演技力によって大衆を操作し、政界の首領としての地位にまで登りつめていく。
このトリューニヒトにとって、最初の試練となるはずであったのは、帝国領侵攻を最高評議会が協議した時であった。
だが、彼は普段のタカ派姿勢から予想される行動とは反対に、なんと出兵に反対し、その事実をマスコミにも強く印象づけた。(*3)
彼にとっては普段の主戦論すらも出世の手段のひとつでしかなかったのだ。
帝国領に打って出るこの出兵作戦に少しでも危うい気配を察知したことで素早く反対の立場に回る軽業師の所業もさることながら、その軍事的投機性をいち早く見抜いた彼の眼力というか、高知能も見逃せないだろう。
こうして同盟軍が帝国領侵攻で惨敗した後、彼は最高権力者として議長の地位を獲得する。だが、次はクーデターの勃発である。
これも本来なら彼にとって致命傷となるはずであった。
というのも、首謀者のグリーンヒル大将たちは「政治の腐敗を糺す」――つまり今度こそはっきりとトリューニヒトに代表される為政者の排除を目的としていたからだ。
ところが、救国軍事会議の中にいたベイ大佐がトリューニヒトと内通していたため、事前に危機を察知した彼は、地球教徒たちにかくまわれて地下に潜伏した。
そして、嵐がおさまった頃にのこのこと出てきて、偶然出会ったユリアンに対してぬけぬけとこう言った。
「私は彼らの地下教会にこもって、非道な軍国主義者を打倒すべく、長い間努力をしていたのだよ。さあ、ヤン提督のところへ案内してくれたまえ。私が無事なことを知らせて喜んでもらわなければならん」(OVA24話)
ものすごい神経である。たぶん、こういった鉄面皮さは利権政治家としては長所に属する資質なのだろう。
さて、トリューニヒトはこの軍部の失態をも政治的に利用する。
自身の勢力を浸透させて、トリューニヒト派閥で軍部を固めることに成功したのだ。
こうして、ついに政界のみならず軍部をも乗っ取ってしまったのである。
当然、これらの状況をチェックし批判するのはマスコミの役割だが、トリューニヒトはジャーナリズムまでその統制下においてしまった。(*4)
まさにロイエンタール評するところの「民主主義を喰い潰す寄生木」である。
だが、ついに同盟そのものの命数が尽きる時がやってきた。
ここでもトリューニヒトは、嵐の中心人物を演じている。
トリューニヒト政権が皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世を擁するゴールデンバウム王朝の残党と野合したため、同盟はラインハルトの討伐を受けることになってしまったのだ。
この点は、攻める格好の口実を敵に与えてしまった彼の失態かもしれない。(*5)
(*1)この時の印象は、「喪服を隙なく着こなした長身の青年紳士であった。端正な容姿は、自信に満ちて洗練された動作によって、さらにきわだって感じられる」 (外伝4巻)というものであった。
(*2)「730年マフィア」の一人。死の間際にヤンと面談している。
(*3)トリューニヒトは記者のインタビューに次のように答えている。
「私は愛国者である自分に誇りを持っている。だがそれは常に私が主戦論に立つことを意味するものではない」(OVA12話)
「私はこの出兵に反対であったことを、ここに表明しておくものである」(同)
(*4)ヤンが査問会にかけられていることを、フレデリカが報道機関に知らせるとべイ准将に訴えると、彼は、「知らせてみたまえ。どこのジャーナリズムも取り上げはせんよ。それどころか、そんなことをした途端、国家機密保護法を適用され、君自身が軍法会議にかけられる羽目になる ぞ」(OVA31話)と返事している。なお原作版では、当初、べイは狼狙するものの、二度目に同じことをフレデリカに言われると開き直っている。
(*5)「われわれはここで過去のいきさつを捨て、ローエングラムに追われた不幸な人々と手を携えて、すべての人類に迫る巨大な脅威からわれわれ自身を守らなければならないのです」(OVA38話)と、トリューニヒトは演説し、「銀河帝国正統政府」と手を結んだ。
陰謀と詐術と悪徳の世界――負と暗黒の人間像
その他キャラ編目次 http://anime-gineiden.com/page-369
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