何がラインハルトを動かしたのか? 彼が立ち上がった理由とは?
ラインハルトが驚異的な業績を上げるに至った動機は何だろうか?
人間を突き動かすもの、あるいは生涯にわたってその人の人生を規定してしまうもの・・・それらはしょせん個人的な体験以外にありえない。
ランハルトの場合、それは彼が愛する唯一のといってもいい対象を奪われたことだった。
ラインハルトの姉である、優しくいとおしいアンネローゼ。彼女が、ある日突然、誘拐同然に権力によって強奪された。だが、父親は抗議の意志を示すどころか、金をもらい、酒に溺れる始末。それはまさに、権力者には決して逆らえない現実の前に抵抗の意志を失い、膝を屈した民衆の姿そのものであった。
これがラインハルトの原体験であった。
この時、彼ははじめて理不尽な社会のありようを身をもって知る。
やがてラインハルトは、この体験を機に精神的に覚醒し、腐敗と矛盾に満ちたゴールデンバウム王朝の現実に次々と気づいていく。
彼は苛立ち、憤った。民衆を控取する一方で、毎晩、宴を繰り広げる大貴族たちに。また、その状況に対して無力感に支配され、自己の正当な権利を擁護することすら知らない民衆に。そして、何よりも愛する姉を奪った皇帝と、それになすがままにされている無力な自分に・・・。
「私憤」といえば確かに私憤である。
しかし、体制による民衆搾取に対する強い怒りが次第に芽生え、すぐに体制の打倒そのものが目的となったことから、彼の私憤は早い時期から公慣と一体化していったとみるべきだろう。彼にとって、皇帝や大貴族の下で苦しむ民衆も、宮廷に連れていかれた姉も、ともに同じ現体制の犠牲者だったのだ。
やがてラインハルトは、「皇帝を凌ぐ力」すなわち「自ら覇者になること」を志向するようになる。
彼にとって次のことが生涯をかけた目標になった。
「ゴールデンバウム王朝を打倒し、ラインハルトがそれに代わって全宇宙の覇者たること。5世紀にわたるゴールデンバウム王朝の専制支配によって蓄積された社会的不公正をただし、とくに腐敗しきった貴族制度を一掃すること」(外伝1巻)
彼は胸の内に炎のような闘志を秘める。「ルドルフの築いたゴールデンバウム王朝は、流血と劫火のなかに滅びるべきなのだ」(第2巻)と。
考えてみれば、5世紀にわたって不当に民衆を支配しつづけてきたゴールデンバウム王朝は、たった一人の少年の怒りを買ってしまったことで、滅んでしまったのだ。
ところで、ここで不思議なのが、彼の場合、体制打倒の意志から、ゴールデンバウム王朝のアンチテーゼである共和思想に傾斜することがなかった点である。
これは考えてみれは奇妙であるが、その理由は二つあると思う。
まず、彼は共和思想そのものが何であるか具体的に知らなかったと思われる。実際、ラインハルトの言動から察するに、トリューニヒトのような扇動政治家と、彼を生み出した民主政治そのもの存立意義を区別することができていない。
おそらく、幼いときから共和思想に接する機会がなかったからであり、これはやむをえない事情とみるべきだろう。
次に、できるだけ早く姉を解放し、体制を打倒し、変革を実現するためには、彼にとって自分が強大な力の所有者になるのが近道であった。
民衆に権力を還元させる共和主義では改革にとって迂遠極まりない。
やはり、彼個人が権力を握って改革者になるのが、もっとも手っ取り早い方法だったのだ。
彼としては、もはや一時も待つことができなかったのである。 そして、ラインハルトが得た結論が、次のようなものだった。
「ラインハルトの意図は、ゴールデンバウム王朝の打倒であって、帝政の廃止ではなかった。自分がルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの地位と権力をえたとき、彼と同じことはやらない。それがラインハルトの決意と価値判断であった」(外伝3巻)
結果的にラインハルトが選択した道が正しかったといえる。と言うのも、旧王朝の下で20世代にわたって飼い馴らされてきた民衆には、「市民が選挙によって自らの中から執政者を選ぶ」などという人民主権の発想自体がそもそも無かった。
また、一から人民主権の思想を教育するなどという迂遠で悠長なことをやっていたのでは、改革はいつまでたっても実現しなかっただろう。
長年にわたって続いた民衆の苦しみを一時も早く終焉させるためには、ラインハルトが義務と責任を肝に銘じて独裁に当たるしかなかったと言える。
「愛する姉を取り返す」という私憤から出発したラインハルト。彼を見ると、人間を本当に突き動かすものはイデオロギーや大義名分ではないことが分かる。
ラインハルトと帝国軍の諸将たち――名提督列伝
帝国キャラ編目次 http://anime-gineiden.com/page-63
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