老人列伝【銀英伝キャラ】
『銀英伝』には、老人キャラも幾人か登場する。
そして、老人であっても、一くくりにステレオタイプ化されず、非常に個性的な存在として、描き分けられているのが「銀英伝」の凄いところである。
彼らを順番にみていこう。
1・フリードリヒ4世
大公時代は何の期待もされていなかったフリードリヒ。即位前は放蕩の限りを尽くし、勘当寸前の身だったという。
彼が快楽に奉仕させた女性は「一夜妻」の類いを含めて「確実に一〇〇〇人をこす」(外伝』巻)という。
父帝の死の直前も、高級売春婦と酒場から多額の借金の清算を迫られていた。
だが、帝国暦452年に父帝オトフリート5世の暗殺を謀ったとして、長兄リヒャルトが死を賜り、後にそれが弟クレメンツによってきせられた冤罪であることが発覚。クレメンツは同盟への亡命をはかる途中で事故死する。かくして、跡継ぎには、国政に何の関心も示さないフリードリヒだけが残り、皇帝として即位した。
彼とその治世を象徴する言葉は情性・消極・沈滞で、「凡庸な灰色の皇帝」と評される。
だが、そんな彼がリヒテンラーデ侯に向かって次のようなセリフを吐いてみせた。
「人類の創生とともにゴールデンバウム王朝があったわけではない。不死の人間がおらぬと同様、不滅の国家もあるまい。世の代で銀河帝国が絶えて悪い道理がなかろう。ハッハッハッハッ・・・」(OVA8話)
単なる「バカ殿」と周囲から思われていた初老の皇帝だが、実際は彼ほど大局観に立って物事の本質を見抜いていた人物はいなかったのである。
このあたりのキャラの「深み」が「銀英伝」の味わいでもあろう。
これは推測だが、フリードリヒ4世は、皇帝という存在が道化師に過ぎないことを自覚していたのではないだろうか。
彼にしてみれば、もともと野心も才能もない単なる遊び人の自分が、運命の気まぐれによって至尊の地位にあっさりと就いてしまったのだ。当然、「自分のような人間が神聖不可侵たる皇帝として、帝国250億の民からかしずかれるゴールデンバウム体制とはいったい何なのか?」と疑問に思わざるをえなかったであろう。
フリードリヒ4世は、ラインハルトに向かって次の発言し、彼の肝を冷やしている。
「伯爵家など、誰がつぎ、誰が絶やしても、大したことではないのだがな。大したことだと思いこんでいる輩の多いことよ」(外伝1巻)
どうやらフリードリヒ4世は、皇帝を頂点とした帝国のヒェラルキーが茶番に過ぎず、そんなものに価値基準をおく貴族階級の愚かさをちゃんと見透かしていたようだ。
物語では、フリードリヒ4世が人格的に本当は何者であるのか結局、釈然としない。たぶん、それは含みをもたせる形で意図的に曖昧な部分を残してあるのだろう。
フリードリヒ4世は、若い頃に欲望の赴くまま快楽に溺れた。
だが、その欲望の充足の果てに、彼は我執・我欲を超越した何か悟りの境地のようなものに到達したのだろうか。
どうも、彼は、ラインハルトが武勲を立てて栄達していくことに意識的に手をかしていたように思えてならない。そして、わざと地位や権力を与えた。
一つの仮説だが、彼は誰よりも早くゴールデンバウム体制の死期を悟り、ラインハルトという若いライオンによって打倒されること、内心で望んでいたのではないだろうか。
私には、そう思えてならないのだ。
フリードリヒ4世語録
「どうせ滅びるなら、せいぜい華麗に滅びるがよいのだ」(OVA8話)
2・リヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼン
当初「あんな老人が生存しているのは、酸素の浪費だ」(外伝3巻)とまでラインハルトに言わしめた「自他ともに認める無能者」のグリンメルスハウゼン。
だが、一見「ボケ老人」のようでいて、実は鋭い洞察力で人間を観察していた。
そして老人は、おそらくフリードリヒ4世の「本心」を知る人物であった。
「フリードリヒ四世の少年時代から青年時代にかけて侍従武官をつとめ、父帝との仲をとりなしたり、女性の世話をしたり、金銭をめぐるトラブルを処理したりして、信任をえている人物であった」(外伝3巻)
彼はラインハルトの眼光の奥に、比類なき覇気と気高さをいち早く見抜いた。そしてキルヒアイスに対し「ミューゼル少将があせる必要は、まったくないということさ」(同) などと語っている。「あせる」の意味に対しては「人生に関してじゃよ、むろん」と返答。
このセリフから、次の2つのことが分かる。
- 第一に、彼がラインハルトの目的をだいたい察していたということ。
- 第二に、ゴールデンバウム体制が倒れることを、あらかじめ知っていたか、あるいはかなりの確信を伴って予測していたということ。
以上としか解釈しようがないセリフである。
まず前者だが、グリンメルスハウゼンが比類なき人間観察力の持ち主であったなら、ラインハルトの置かれている状況や態度、目の表情、その他の状況証拠から、彼が王朝の打倒を目論んでいることを推察することは可能であったかもしれない。
だが、第二に関しては、フリードリヒ4世の意志を、間接的また直接的に把握していなければ、とうてい導き出せない内容である。
平たく言えば、グリンメルスハウゼンは、皇帝が本心ではゴールデンバウム体制の終焉を認めていたことを、口頭か、あるいは長年にわたる知己から察していたのだ。
そして、皇帝の真意が奈辺にあるかを知り抜いていたからこそ、「グリンメルスハウゼン文書」(*)を死後、ラインハルトに託したのだ。
そのように推測する時、単なる「放蕩者」のフリードリヒ4世と、「無能者」のグリンメルスハウゼンが、実は人格の裏面に、まるで氷山の海面下の部分のような、とてつもない意志と資質を秘めていた、ということも考えられるのである。
(*) 仮称。グリンメルスハウゼンが76年間の生涯で貯めこんだ、貴族社会や官僚界、軍部のさまざまな裏面の事情や恥部、弱みが記された文書。ただし、ラインハルトは受け取らなかった。
3・クラウス・フォン・リヒテンラーデ
老獪な政治家で、陰謀家でもあるが、それほど悪人というほどでもない。
首席閣僚の国務尚書として、長年にわたりフリードリヒ4世を補佐し、それなりの政治は行ってきたようである。外戚であるブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯が国政に干渉するのを嫌ったのも、自分の権勢が侵されるのが我慢ならなかったと同時に、私利私欲しか頭のない彼らの姿勢が帝国の安定と秩序に悪影響を及ぼすのを心配したという「社会秩序第一主義者」的な性質からではないだろうか。
ただし権力欲は人並み以上にあるようで、リップシュタット戦役の後は、ラインハルトを背後から刺して権力の独占を目論んでいた。
実際、それが成功したら、彼は帝国宰相として、幼帝を意のままに操り、事実上の最高権力者として帝国に君臨しただろう。
だが、仮にそうなったとして、リヒテンラーデは、私利私欲に基づいた悪政をしき、帝国を私物化したであろうか?
私にはそうは思えないのである。一族の優遇ぐらいはしたかもしれないが・・。
彼は典型的な「保守派」、つまり伝統墨守主義者であったように思われる。
要するに、帝国の古き良き(と彼が思う)伝統を守って、国体(*)を護持しつつ、それを慕う臣民をほどよく愛でて統治する・・・その辺りを理想とするタイプの政治家であるように思われるのだ。
ある意味で、オーベルシュタインと似た人物であったと思う。オーベルシュタインほど公益の権化ではないにしても、彼もまた帝国の安寧第一の人間だったのだ。
このように、リヒテンラーデは旧体制の象徴的人物だった。その彼がラインハルト派の逆撃をうけて自裁を強制されたのはやむをえないにしても、だからといって非常識なメンタリティの特権者だったかというと、そうでもないと思うのである。
(*) 国民体育大会ではなく、国家の体制のことを意味する。この場合、ゴールデンバウム王朝を中心とした国の形・秩序のことを指す。
4・地球教総大主教
地球という老廃惑星を全身で体現しているかのような人物である。
ワーレン率いる地球討伐軍の攻撃を受けて、最後には本部もろとも爆破して自らを土砂で埋めた。どうやら、本物の狂信者であったようだ。
その後は、巨大な岩盤の下で化石に変態中、といったところであろうか。
その他の「老人」について触れておくと・・。
アレクサンドル・ビュコックについては「ヤン・ウェンリーと同盟軍の仲間たち」を参照のこと。http://anime-gineiden.com/page-366
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツについては「忠誠心あふれる人物たち」を参照のこと。
名脇役たちこそ陰の主役なり――キャラクター勝手に分類学
その他キャラ編目次 http://anime-gineiden.com/page-369
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